精神保健福祉

病院から地域へ

厚生労働省では、平成16年9月の「精神保健福祉施策の改革ビジョン」以来、「入院医療中心から地域生活中心へ」の基本理念の下、施策を進めてきました。その中でも注目すべきは精神障害者地域移行・地域定着支援事業だと考えます。平成18年の創設以降、精神科病院からの退院促進のための事業として大きな役割を担ってきました。

「病院から地域へ」の考えで特に印象深いのは「まず病院で精神症状を和らげ、施設で訓練し、地域で暮らしていくという段階論ではなく、地域の中にある施設や病院を必要に応じて利用するというかたちになるべきである。」1)という考えでしょう。また、「精神疾患の特性として、安定していた病状がわずかな環境変化等により増悪することがあり、これに対応した適切な医療の支援が必要であることから、医療と福祉が連携し、病院への入院のほかに、病状の急変時の受け皿を確保することが重要である」とされています。このことからも日常的な関わりが大切でしょう。また、「精神障害をもつ人たちの地域生活支援にかかわる者として、「リカバリー」(recovery)の概念と「ストレングスモデル」(strength model)の視点を理解しておくことは重要である。、そのうえで、多職種による支援、チームアプローチ、生活の場での支援といったことを、日常での関わりにおいて意識しておくことである。」2)とされいます。その中で当事者が社会復帰するため、当事者を取り巻く関係者の役割は「より実践的・効果的な地域生活支援を展開していくためには、自宅や職場など、利用者が実際に暮らしている場所への積極的な訪問」3)の役目を担うことが求められるでしょう。つまり当事者の自立への支援が求められるでしょう。この自立には経済的な意味を含み、大きく関わりがあるのが就労の問題ではないでしょうか。

『地域での「自立生活」であるが、当事者の就労に対する思いは強く、経済的自立を目指して就労したいと願う人は増加している。就労に関して、ハローワークを通じた障害者の就職件数は8年連続で増加している。』5)とされています。また、昨今では法定雇用率が年々改定されており、2018年には障害者手帳を持つ精神障害者も法定雇用率にカウントされるようになりました。但し、引き受ける事業場においての理解や働きやすい環境整備、人間関係がないと職場定着しにくい状況は多く存在しています。そこで求められるのは本人および事業主に対して精神保健福祉士等の当事者理解および精神保健に精通したソーシャルワーカーからの支援でしょう。「精神障害者の離職率は、ここ10年で59%。理由の1位は人間関係で33.8%である、職場における障碍者には障害特性理解と人間関係の支援が必要である」6)とある通り、医療の面だけでなく、人間関係構築や事業場における制度設計・環境整備が必要で、障害者本人のみならず一緒に働く人のサポート・支援が職場定着率向上に欠かせません。そこで、促進要因としては①相談できる専門機関との連携が確立されていること、②事業所における職場の支援員の専門性向上および安全が確保されていること、③事業場が地域住民の理解を得る活動をおこなっていること、④当事者がやり直しのできる体制が整っていること(ミスマッチの際、十分な再支援が受けられる)などが挙げられます。逆に阻害要因としては①起こりうる困難への対策がなされていないこと、②事業者が理解をしていない(ネガティブな先入観がある)、③当事者に対して必要な情報提供がないなどが挙げられる。このことに対しても精神保健福祉士や精神保健に精通しているソーシャルワーカー並びに我々社労士が支援できる役割は十分にあると考えます。

先の記載でも多職種チームの必要が述べられており、医師や心理士等の医療と福祉との連携は確立しています。更なる自立を求める当事者から求められることは、就労への理解と支援でしょう。「障害者差別は、障害に関する知識・理解の不足、意識の偏りなどにより引き起こされることが大きいと考えられることから、障害の有無にかかわらず、相互に人格と個性を尊重する共生社会を目指すことの意義を職員が理解することが重要です。また、こうした理念が真に理解されることが、障害者差別や、障害者が時に感じる大人の障害者に対する子ども扱い、障害者に対する命令的、威圧的、強制的な発言などの解消にもつながるものと考えられます。このため、事業者においては、研修等を通じて、法の趣旨の普及を図るとともに、事業所の地域の取組のなかで近隣住民への理解を促していくことが重要です。なお、障害者差別の理解には、障害者虐待防止に関する理解も極めて重要になってくることから、併せて研修を行うことが望まれます。」4)とあるとおり、事業者及び地域への理解の啓蒙も我々社労士以上に精神保健福祉士や精神保健に精通しているソーシャルワーカーが担える分野であり、産業分野と連携し、当事者支援の輪が広がることを願います。

[引用]

  1. 精神保健福祉士養成セミナー編集委員会編集『精神保健福祉の理論と相談援助の展開Ⅱ-精神保健福祉におけるリハビリテーション』へるす出版2021年P98
  2. 同上P102
  3. 同上P103
  4. 社会保険労務士の事業者が講ずべき障害を理由とする差別を解消するための措置に関する対応指針(平成27年11月11日厚生労働大臣決定)P9

[参考文献]

・精神保健福祉士養成セミナー編集委員会編集『精神保健福祉の理論と相談援助の展開Ⅱ-精神保健福祉におけるリハビリテーション』へるす出版2021年

・福祉臨床シリーズ編集委員会編『心理学理論と心理的支援』弘文堂2021年

・福祉臨床シリーズ編集委員会編『精神保健福祉士援助演習(基礎)』弘文堂2017年

・福祉臨床シリーズ編集委員会編『精神保健福祉士援助演習(専門)』弘文堂2020年

・福祉臨床シリーズ編集委員会編『心理学理論と心理的支援』弘文堂2021年

・古荘純一「発達障害サポート入門-幼児から社会人まで」教文館2018年

・糸川昌成監修『統合失調症からの回復を早める本』法研2013年

・瀧川賢司著「犯罪を起こした知的障がい者の就労と自立支援」クリエイツかもがわ2021年

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